当社の社名が「有限会社 サニープレイス」になったのは、今から8年ほど前のことです。
もともとの社名は、私自身の名前を冠した「有限会社 岡村英樹建築設計事務所」でした。
会社とは言っても、私だけ。社員はいません。
オフィスは、自宅1階のやや暗い6畳の間。
机の上に、パソコンと電話があるだけのシンプルなオフィスです。
はじめの頃は、コピー機さえありませんでした。
家の裏がローソンだったので、よくブロック塀を乗り越えてコピーに行ったものです。
「一級建築士」とか「設計事務所」と言えば、世間的にはクリエイティブでかっこいい職業・・・というイメージがあるかも知れません。
でも当時の私は、それとはかけ離れた過酷な肉体労働者でした。
1週間の内2~3晩くらいは平気で徹夜し、パソコンで図面を書いていました。
独立して間もなかったので、生活のためにとにかく稼ぐことが優先課題でした。
他の建築会社さんの下請け仕事なども次々に引き受けていましたので、締め切りに追われる日々だったのです。
その頃、長女はまだ幼稚園児でした。
時々、彼女がそーっと部屋に入って来て、膝の上に乗ってくるのです。
そういう時は、一緒にパソコンでお絵かきをして遊びます。
よく書いたのは「アンパンマン」の絵です。(ワードやエクセルで誰でもかけます)
事業を始めたばかりの頃は、設計だけでなく、営業・経理・クレーム対応など何から何まで、全て自分一人でこなさなければなりません。時には、気持ちがくじけそうになる事もありました。
娘が仕事の邪魔をしてくれる束の間は、そんな私の大きな心の支えでした。
少し汗ばむくらいの初夏のある日のことです。
車で兵庫県立総合リハビリテーションセンター(通称 兵庫リハ)の前を走っていると、あるビルの1階の空き物件が目に飛び込んで来ました。
南向きの大きなガラス窓がある、日当たりの良さそうな店舗物件です。
その時、突如として「ここに事務所を持ちたい!」という抑えがたい気持ちが、私の心の中に
もわもわと湧き上がってきました。
当時の私には、とても高い家賃でしたが、それでも妻と相談の上、ここに事務所を構えることを決意しました。ここなら「兵庫リハ」と連携して、障害のある方々のサポートができます。
福祉機器の展示ホールがすぐ近くにあることも、とてもありがたい事でした。

この際、会社の名前も変えようということになりました。
障害者を支援するビジネスだからといって、「福祉」っぽい名前にはしたくありませんでした。
明るくて・・・
前向きで・・・
重たくなくて・・・
ありきたりじゃなくて・・・
お客さんのライフスタイルを大切にする感じで・・・
快適な生活環境をつくってくれそうな・・・
そんなイメージの会社名にしたいと思いました。
しかし自分たちのイメージにぴったりの言葉は、なかなか思いつきません。
- 私「なあ、『リハビリ建築工房』ってどう?分かりやすくない?」
- 妻「ダサッ!!それは、ありえへんで・・。」
- 私「ラテン語で「快適な住まい」って何て言うんやろ・・・」
- 妻「そんなん、私が知るわけないやん!」
そんな会話が3週間以上も続きました。
「ネーミングって本当に難しいなぁ・・・」と思いながらも、夕食後の妻との会話は、いつも「なあ、会社の名前どうする?」でした。糸井重里さんとか、プロのコピーライターって、ただ名前を考えるだけの仕事だと思っていましたが、実際にやってみると難しいものだな・・・。
そんな風に感じ始めながらも、「ネーミング辞典」をめくっていると、あるひとつの言葉が目に止まりました。
- 私「なあ、なあ、これどう思う?!」
- 妻「うん、いいと思う!」
解決の糸口がなかなか見つからない時でも、偶然の一つの出会いからすーっと展望が開けてくることがあります。まさに、この時はそんな瞬間でした。そして、それが今の当社の名前になっています。






